犯罪者は現在、AIを駆使して音声を簡単にクローン化し、完璧なフィッシングメールを作成し、詐欺を世界規模で拡大している。一方で、一部の法域では自らの捜査官にAIツールの利用を禁じていると、Recoveris幹部が警鐘を鳴らす。
この警告は、BeInCryptoが主催する暗号資産犯罪に関するマーケット・インテリジェンス・カウンシルのパネルで出たものだ。Recoverisのソル・シノシ氏とKodexのニック・ペイルソープ氏は見解が一致している。AIを巡る暗号資産犯罪との戦いは軍拡競争と化しており、一方は丸腰で臨んでいる。
文法チェックだけではフィッシングは見抜けない時代
ブエノスアイレスの元検察官で、現在はRecoverisで官民渉外を担当するシノシ氏は、専門家パネルの中でAIが両陣営の状況を一変させていると述べた。犯罪側にとっては、AIの導入で巧妙性と拡大性が同時に高まった。
「かつて『フィッシングメールは文法の誤りを探せ』と助言したが、いまや通用しなくなった。AIは音声のクローンやディープフェイクを自動生成し、数年前には不可能だった規模で詐欺が横行している。」
数字もこの主張を裏付ける。Chainalysisの2026年版Crypto Crime Reportによれば、2025年の暗号資産詐欺による被害額は推定170億ドルに達した。
オンチェーンでAIベンダーとつながりのある詐欺グループは1件につき320万ドルを得ており、これはAI未利用のグループの4.5倍にあたる。AIは詐欺を低コスト化するだけでなく、利益率も圧倒的に高めている。
AI利用を禁じられる警察当局も
競争の「もう一方の側」は全く異なる状況にある。シノシ氏はこれを最大の懸念事項と明言した。
「現時点で最も憂慮しているのは法執行機関だ。多くの当局はいまだにAI導入が遅れている。明確な方針がない組織もあり、管轄によっては捜査官によるAIツールの利用自体が禁じられている。」
その結果、規制当局も最近まで問題視されてこなかった「非対称性」が生じている。ユーロポールのIOCTA 2026レポートはこれを「速度ギャップ」と位置付け、解消にはテクノロジー活用が不可欠と指摘している。シノシ氏はさらに踏み込む。
「犯罪者は毎日AIを使う一方、捜査官、とりわけ法執行側は使わない状況だと、競争の土俵が著しく歪む。そんな勝負で私たちが勝つことは不可能だ。」
興味深いのは、その壁が制度的な禁止ではなく「心理的な萎縮」である場合が多い点だ。実際には許可されているにもかかわらず、捜査官がAI活用に消極的になるケースも多い。そのため、規制の問題であると同時に人材育成の課題でもあるとの見方を示す。
AIは捜査官の「力の倍増装置」
皮肉なことに、追跡技術自体はかつてない水準に進化している。シノシ氏によれば、Recoverisは現在、複数ブロックチェーンやブリッジ、ミキサーも自信を持って追跡できる技術を保有する。いまや捜査の障壁は「技術」ではなく「人」だという。
「AIは捜査官にとってキャパシティ(対応可能範囲)の問題を解決する。膨大なデータを迅速に処理し、手作業では膨大な時間が必要なパターンや関連性の抽出を担ってくれる。」
キャパシティ強化が重要なのは、暗号資産の普及が専門家の増加ペースを大きく上回る現状にある。経験豊富なブロックチェーン捜査官は依然として希少であり、AIが節約した時間は「人間にしかできない業務」に生かされる。
「AI導入によって、人間が最も得意とする『判断』や『重要な意思決定』により多くの時間を割けるようになる。」
AIと暗号資産犯罪:現場の「人材育成ギャップ」
イギリス警察で20年間勤務した後にKodexへ転じたペイルソープ氏も、現場レベルで同様のギャップに直面している。暗号資産はもはや「暗号資産犯罪」だけでなく、日常的にテロ対策や人身売買の現場でも登場するという。
「現場に出向く捜査官が、どこでも暗号資産と遭遇し、実際にウォレットに遭遇した際、『どう対応してよいか分からない』ことが増えている。」
業界の対策は「継続的な研修」だ。ペイルソープ氏はほぼ毎日ウェビナーや警察署訪問を実施し、Kodex経由で教育コンテンツを認証済み警察官へ提供している。とはいえ、懸念一色で締めくくることは拒否している。
「犯罪者の方が一歩先を行っているという課題は確かにあるが、世界各国の多くの警察当局には十分な自信が持てる。」
必要なツールも研修体制も既に整いつつある。政策として、捜査官が敵と同じ武器を使えるかどうかが、この競争の勝敗を左右する。









