オーストラリア政府は27日、暗号資産取引所とカストディプラットフォームに対する包括的な規制法案を議会に提出した。この動きは、アジア太平洋地域で進行中の暗号資産規制競争における重要な転換点となる可能性がある。
オーストラリアの新規制の概要
ジム・チャーマーズ財務相とダニエル・ムリーノ金融サービス相が提出した「2025年法人修正法案(デジタル資産フレームワーク)」は、顧客に代わってデジタル資産を保有する事業者に対する初の包括的規制枠組みを確立する。
法案の主要ポイントは以下の通り:
- 新たな金融商品カテゴリーの創設:デジタル資産プラットフォームとトークン化されたカストディプラットフォームの2種類を新設
- ライセンス要件:オーストラリア金融サービスライセンスの取得を義務化し、「効率的、誠実、公正」な行動を要求
- 規制監督:ASICが主要な規制当局として、カストディと決済基準を監督
- 小規模事業者への配慮::顧客1人当たり5,000豪ドル未満、年間取引高1,000万豪ドル未満の事業者はライセンス要件から免除
オーストラリア政府は、この規制により年間240億豪ドル(約2.4兆円)の生産性向上が見込まれると主張している。
Sponsoredアジア太平洋地域の規制動向マップ
オーストラリアの動きは、アジア太平洋地域全体で進行中の規制整備の流れの一部である。各主要国・地域の現状を比較すると、規制アプローチの多様性が浮き彫りになる。
シンガポール:バランス型規制の先駆者
シンガポール金融管理局(MAS)は2025年6月、デジタルトークンサービスプロバイダー(DTSP)向けの新たなライセンスガイドラインを最終決定した。
主な特徴:
- 2019年支払サービス法を基盤に、金融サービス・市場法の下で堅牢な枠組みを構築
- 2025年6月30日から発効し、700以上のWeb3企業が活動
- レバレッジ取引やクレジットカードでの購入禁止など、個人投資家保護を重視
- 投機的取引の抑制を図りつつ、イノベーションとのバランスを模索
しかし、厳格な規制により小規模企業には高いコンプライアンスコストが課せられ、競争環境の再構築が進んでいる。シンガポールは暗号資産保有率が2024年の40%から2025年には29%に低下したものの、認知度は94%と高く、Token2049など主要イベントの開催地として地位を維持している。
香港:リテール市場開放へ舵を切る
香港は2023年6月、暗号資産サービスプロバイダー(VASP)ライセンス制度を導入し、個人投資家の取引を解禁した。これは中国本土の全面禁止とは対照的なアプローチである。
規制の現状:
- 証券先物委員会(SFC)が監督し、2025年8月現在で11社が正式ライセンスを取得
- 2025年8月にはカストディ基準を厳格化する新通達を発表
- ステーブルコイン規制が2025年8月1日から施行され、香港金融管理局(HKMA)がライセンス発行を管理
- 40社以上がステーブルコインライセンスを申請済み
香港の戦略的優位性は税制にもある。キャピタルゲイン税が存在せず、暗号資産取引による利益に課税されないため、高頻度トレーダーやヘッジファンドにとって魅力的な市場となっている。
一方、OKX、Gate.io、Binanceなどの大手取引所はライセンス申請を取り下げており、厳格な規制要件が市場参入のハードルとなっている現実も浮き彫りになっている。
韓国:実名制で透明性を追求
韓国は2020年3月に特定金融情報法(特金法)の暗号資産関連改正を可決し、2021年3月25日から施行を開始した。世界でも早期に規制を導入した国の1つである。
独自の規制アプローチ:
- 銀行との「本人名義口座」取得が必須という厳格な実名確認制度
- 2024年7月に暗号資産利用者保護法を施行し、ユーザー資産保護と不当取引防止を強化
- 預金保護、利息支払い義務化、保険加入などを規定
- 2025年から年間250万ウォン(約27万円)を超える利益に対して20%の譲渡所得税を課税予定
実名制の導入により、60以上あった取引所のうち、現在はUpbit、Bithumb、Coinone、Korbitの大手4社のみが完全なライセンスを保持している。厳格な規制により市場は淘汰されたが、透明性と投資家保護は向上した。
2025年1月には機関投資家の取引規制緩和が発表され、非営利組織から段階的に国内取引所へのアクセスが許可される方針が示された。
日本:資金決済法から金商法への移行
日本は2017年に世界に先駆けて暗号資産規制を導入したが、現在、規制の抜本的見直しが進行中である。
規制見直しの動向:
- 2025年4月、金融庁がディスカッション・ペーパーを公表し、暗号資産が投資目的で取引されている実態を踏まえ、資金決済法から金融商品取引法への移行を検討
- 2025年6月、金融審議会に「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」を設置
- 2026年の通常国会での法案提出を目指す
- インサイダー取引規制の新設、情報開示規制の強化、投資助言業務の登録義務化などを議論
日本の暗号資産交換業者における口座数は2025年9月時点で1,300万口座を超え、利用者預託金残高は約5兆円に達している。投資経験者の7.3%が暗号資産を保有しており、FXや社債よりも保有率が高い状況だ。
税制面では、現行の最大55%の累進課税から20%の申告分離課税への変更が業界から強く求められており、規制見直しと連動した議論が進んでいる。
規制アプローチの比較分析
アジア太平洋地域の主要国・地域の規制を比較すると、以下の特徴が浮かび上がる。
規制の厳格さとビジネス環境のバランス
規制の厳格さとビジネス環境のバランスという観点から各国を分類すると、韓国は実名制と銀行提携必須という要件により最も厳格な規制を課している。シンガポールはイノベーションと投資家保護の両立を目指すバランス重視型のアプローチを採用している。香港はリテール市場の解禁と税制優遇により市場開放志向の姿勢を示している。一方、日本は資金決済法から金融商品取引法への移行を検討中であり、オーストラリアは新規制を導入したばかりで、両国とも規制の転換期にある。
Sponsoredライセンス取得の難易度
各国・地域でライセンス取得のハードルは大きく異なる:
- 韓国: 銀行との提携が最大の障壁。60社超から4社に淘汰
- 香港: 厳格な財務要件とコンプライアンス基準。大手でも申請取り下げ
- シンガポール: 高いコンプライアンスコストが小規模企業の参入を阻害
- 日本: 登録制だが、自主規制団体JVCEAの会員資格も必要
投資家保護のアプローチ
各国は異なる手法で投資家保護を図っている:
- 韓国: 実名制+預金保護+利息支払い義務化
- 香港: 強固なKYC/AML+月次準備金証明+98%のコールドストレージ保管
- シンガポール: レバレッジ取引禁止+クレジットカード購入禁止+インセンティブ提供中止
- 日本: 顧客資産の分別管理+セキュリティ基準+金融庁検査
規制競争が市場に与える影響
アジア太平洋地域における規制競争は、以下のような影響をもたらしている。
規制裁定の機会
厳格な規制を課す国から、より緩やかな規制環境を持つ国への事業者の移転が見られる。Binanceなど大手取引所が複数の市場で戦略を調整している。
グローバル企業の戦略的選択
国際的な暗号資産企業は、各国の規制環境を評価し、事業展開の優先順位を決定している。税制、ライセンス取得の難易度、市場規模などが主要な判断材料となる。
Sponsored Sponsored規制ハーモナイゼーションの必要性
金融安定理事会(FSB)やIMFは、暗号資産の国境を越えた性質を踏まえ、グローバルに一貫した規制枠組みの構築を推進している。しかし、各国の政策目標や市場環境の違いにより、完全な統一は困難な状況が続いている。
オーストラリアの新規制が地域に与える影響
オーストラリアの新規制は、アジア太平洋地域の規制競争において以下の意味を持つ:
- 遅れを取り戻す動き: 他の主要国が既に規制を整備する中、オーストラリアは「規制の後発組」として位置づけられる
- 小規模事業者への配慮: 5,000豪ドル/1,000万豪ドルのしきい値設定により、イノベーションと規制のバランスを模索
- 経済効果の強調: 240億ドルの生産性向上を見込むことで、規制を成長戦略の一部として位置付け
RMIT大学のダーシー・アレン准教授は「オーストラリアは何年もの遅れの後、今や規制面で追随者の立場にある。他の市場は既により明確で確立された制度を整えている」と指摘している。
今後の展望:規制の成熟と市場の発展
アジア太平洋地域の暗号資産規制は、以下の方向に進むと予想される。
短期的展望(2025-2026年)
- 日本: 金商法への移行と税制改正の具体化
- 韓国: 機関投資家の段階的参入と市場流動性の向上
- 香港: ステーブルコイン規制の本格運用とライセンス発行の加速
- シンガポール: DTSPライセンス制度の定着と市場の安定化
- オーストラリア: 新規制の施行と事業者のライセンス取得プロセス開始
中長期的展望(2027年以降)
- 規制の収斂: 各国の規制が一定の共通基準に向かって収斂する可能性
- 機関投資家の本格参入: 規制の明確化により、年金基金などの伝統的機関投資家の参入が加速
- クロスボーダーサービスの発展: 規制協力の進展により、国境を越えた暗号資産サービスが拡大
- 新たな金融商品の登場: 暗号資産ETFやデリバティブなど、規制された投資商品の多様化
日本の投資家・事業者への示唆
アジア太平洋地域の規制動向は、日本の市場参加者に以下の示唆を与える:
- 規制環境の相対的優位性: 日本は早期から規制を整備してきたが、税制面や市場流動性では香港やシンガポールに劣る側面がある
- 地域ハブとしての可能性: 金商法への移行と税制改正が実現すれば、日本がアジアの主要暗号資産ハブとなる可能性
- グローバル展開の機会: 日本企業がアジア太平洋市場に進出する際、各国の規制環境を理解することが重要
- 投資家保護の重要性: どの国・地域でも投資家保護が最優先課題であり、規制遵守が事業成功の鍵
アジア太平洋地域における暗号資産規制競争は、まだ始まったばかりだ。各国・地域が独自のアプローチを模索する中、市場の成熟とともに規制も進化し続けるだろう。投資家や事業者にとって、この変化を注視し、適応することが今後ますます重要になる。