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ステーブルコインJPYCが乗り越える”金融のジレンマ”とは|JPYC代表 岡部典孝氏インタビュー

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執筆&編集:
Shigeki Mori

27日 10月 2025年 13:00 JST
Trusted-確かな情報源

デジタル決済が日常化する一方で、日本の金融システムは今、大きな転換期を迎えている。日本初のステーブルコイン「JPYC」が27日、発行された。ステーブルコインはビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)と異なり、主に法定通貨と連動し、国債などに担保されているデジタル資産だ。

JPYCが発行されるに至った背景には、2023年6月に施行された改正資金決済法がある。この法律により、法定通貨に連動する「電子決済手段」としてのステーブルコインが日本で正式に認可されていた。

政府と日本銀行は中央銀行デジタル通貨(CBDC)の実証実験を進めており、2023年春からはメガバンクと民間事業者などが参加するパイロット実験を進めている。しかし、CBDCの本格導入には依然として時間がかかる見通しだ。一方、民間主導のステーブルコイン市場では、米国のUSDC、USDTなどに代表されるように複数の企業が参入を表明し、世界各国で競争が激化している。

こうした中、JPYC株式会社は資金移動業者として日本円建てステーブルコインの発行を開始した。代表の岡部典孝氏は、従業員25名という少数精鋭のチームを率い、厳格な金融規制の壁を突破してきた。決済手数料の削減、国債買い支えによる低金利維持、そして新たな金融インフラの構築——JPYCが目指すのは、単なる決済手段の提供にとどまらない、日本経済全体の活性化だ。

「社会のルールは変えられる」——この信念のもと、岡部氏はいかにして金融のジレンマを突破しようとしているのか。その戦略と展望を聞いた。

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リテール市場への浸透が短期戦略の鍵

JPYCは現在、日本円建てステーブルコインとして着実に発行額を拡大している。岡部氏が描く短期的な成長戦略の核心は、リテール分野へのアプローチだ。

「ウォレット対応の拡大や電子決済手段等取引業などのJPYCを仲介とした利用、さらに発行チェーンの拡大を戦略として考えています。JPYCはステーブルコインとして、必ずしも協業を前提とするわけではなく、皆さまに自由にご利用いただけます」と岡部氏は語る。

ステーブルコインの特性として、ユーザーが自由に利用できる点が強みだ。しかし、発行体としては各分野のプロフェッショナル企業とパートナーシップを築くことで、活用範囲を広げていく方針だという。

「その一方で、発行体としては各分野のプロフェッショナル企業とパートナーシップを築くことで、日本円建てステーブルコインの活用範囲を着実に広げ、発行額の拡大を目指しています。現状の規制や各国の法制度も踏まえ、短期的には小売・決済・日常利用といったリテール分野へのアプローチが特に重要だと考えています。こうした取り組みにより、より多くのユーザーや企業がJPYCを活用できる環境を整えていきたいと思います」

この戦略は単なる市場選択ではなく、より多くのユーザーや企業がJPYCを活用できる環境を整えるという、インフラ構築者としての視点に基づいている。

日銀CBDCとの「棲み分け」が生むイノベーション

日本銀行もまた、中央銀行デジタル通貨(CBDC:デジタル円)の実証実験を着実に進めている。2020年10月から技術的な検証を開始し、2023年春からは民間事業者も参加するパイロット実験を実施している。民間のステーブルコインと中央銀行のデジタル通貨——この2つは競合するのか、それとも共存するのか。

岡部氏の見解は明快だ。「日銀のCBDCは、直接的な収益を目的とせず、金融システムの安定した基盤としての役割を果たすものだと考えています。一方で、JPYCはパブリックチェーン上でDeFiなどに活用できる自由度の高い形で提供されるため、日銀のCBDCとは明確に棲み分けが可能です」

「この棲み分けにより、よりイノベーションを起こしやすい環境を作ることができると考えています」

中央銀行が提供する安定性と、民間企業が追求する革新性。この2つが対立するのではなく、相互補完的に機能することで、日本のデジタル通貨エコシステムは成熟していく。岡部氏の戦略は、規制の枠組みの中で最大限のイノベーションを実現することにある。

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スマホ決済は「対抗馬」ではない——補完的連携の可能性

ステーブルコインと暗号資産との違いは理解できたが、”デジタル円”という観点からいえば、日本国内では現在、PayPayなどのスマホ決済(デジタル決済)が普及している。一部報道では、日本最大のスマホ決済サービスであるPayPayがJPYCの対抗馬として位置づけられることもある。しかし、岡部氏はこの見方に異を唱える。

「ステーブルコインは必ずしもPayPayと直接競合するものではありません。そのため、PayPayを『対抗馬』として意識しているわけではありません」と岡部氏は明言する。「むしろ、日常の決済や送金における利便性や信頼性の面で、補完的に連携できる可能性があります。例えば、ステーブルコインを使ってPayPayにチャージする未来も考えられますし、その逆のケースもライセンス等の条件次第で実現可能かもしれません」

既存の金融アプリケーションと競合するのではなく、互換性を持たせることで、より多くの利用者が使いやすく、便利さを実感できる環境を作る——これがJPYCの目指す方向性だ。

「既存の金融アプリケーションとも競合するのではなく、互換性を持たせることで、より多くの利用者が使いやすく、便利さを実感できる環境を作っていきたいと考えています」

この発想の背景には、「前払式支払手段発行業者」と「資金移動業者」という法的な枠組みの違いがある。JPYCはこれまで約4年間、「前払式支払手段」としてJPYC Prepaidを発行してきたが、現在は新規発行を終了している。

「前払式支払手段と資金移動業の最大の違いは、『日本円への償還が可能かどうか』にあります。この点は一般ユーザーにとって最も大きな違いであり、利便性や使い勝手に直結する重要な要素です。また、発行時および償還時には本人確認が必須となるため、マネーロンダリング対策にも優れています」と岡部氏は説明する。

第一種資金移動業者の登録については、多くの期待が寄せられている。「第一種資金移動業については、多くのユーザーや企業の皆さまから大きな期待をいただいていると感じています。私たちも、できるだけ早期に登録を実現できるよう全力で取り組んでまいります」と岡部氏は語る。「そのためには、これまでの運用実績を積み重ねるとともに、安定した運営体制を継続的に構築していくことが重要です。しっかりとした基盤を築きながら着実に登録に向けて歩みを進めると同時に、第二種資金移動業と別のトークンを発行する必要が生じないようにする等、規制改革の要望も引き続き行ってまいります」

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決済手数料削減と国債買い支え——経済復興への貢献

「失われた30年」と言われる日本経済。JPYCはこの停滞した経済にどのような変化をもたらすのか。

岡部氏は2つの側面から経済への貢献を語る。「決済手数料を下げて事業者や個人の利益を確保しやすくすること、また国債を買い支えて低金利を維持し、事業者や家計の負担を減らすこと。この二点は、経済活動を活性化させる上で非常に重要です。JPYCはこうした側面で日本経済に貢献できると考えています」

「この好循環によってJPYCはプロダクトやサービスにとってのイノベーションを生み出す『土壌』となり、新しい挑戦を支える基盤として、日本経済の発展に寄与していきたいと考えています」

決済インフラの効率化と金融システムの安定化。この2つを同時に実現することで、JPYCは単なる支払い手段を超えた、経済活性化のエンジンとなることを目指している。

企業理念である「社会のジレンマを突破」した後に待ち受ける未来について、岡部氏は現実的な見方を示す。「社会のジレンマが完全になくなることはないと考えています。重要なのは、JPYCを通じて人々が『突破できる未来』を自ら作り出すことです。その過程で、『自分たちにも変化を起こせる』という成功体験を提供し、社会全体が前向きに挑戦できる環境をつくることが、ある意味ゴールだとも考えられます」

グローバル展開の焦点はアジア市場

国内での基盤固めを進める一方で、JPYCは海外展開も視野に入れている。財務省のデータによれば、海外投資家の日本国債保有額は欧州が最大で113.3兆円、次いで北米が42.9兆円、アジアが39.3兆円となっている。

「JPYCでは海外展開を視野に入れており、欧州や北米といった主要市場に加えて、アジア地域にも注目しています」と岡部氏は語る。「韓国ではすでにステーブルコイン関連の取り組みが活発であり、日本は東南アジアとの国際送金が盛んなことから、アジア市場の可能性は非常に大きいと考えています。また、中東地域にも注目しており、将来的な展開の余地があると見ています」

海外展開において、JPYCの大きな強みとなるのが、日本の規制に基づく「安全性」と「信頼性」だ。米国のジーニアス法と比較した場合の利点について、岡部氏は次のように説明する。

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「米国のジーニアス法の下では兼業が制限される一方で、JPYCは国の規制に基づく安全性・信頼性を保ちながらも兼業が可能です。そのため、より自由にイノベーティブな取り組みを行うことができる点が大きな利点だと考えています」

グローバルな流動性を持つUSDCやUSDTについて、岡部氏は冷静に評価する。「USDCはアメリカの法規制に準拠しているため、信頼性が高いと考えています。一方、テザー(USDT)については信頼性に疑念を持つ声もありますが、メリットとしては、流動性が非常に高く、日本円建てステーブルコインよりもAPRが高い点が挙げられます。ただし、借入時には逆に高い手数料がかかることがリスクとなる点としてあげられます」

海外展開を見据えた時、日本の規制当局との交渉も重要な課題だ。「特に会計基準の世界的な統一や、各国規制に準拠したステーブルコイン(SC)の相互承認規定、DeFiに関する規制明確化など、取り組むべき課題は無限にあります」と岡部氏は語る。「SCは、デジタル円やデジタルドルのように各国において法定通貨に準ずるものとして規律されていますが、法令上の扱いが国によって大きく異なることがないよう、国際的な整合性を図ることが重要です」

「日本は、クリプト規制先進国としてリーダーシップを発揮することが期待されています。JPYCとしては、日本円建てステーブルコインの『ファーストペンギン』として、日本を代表する形で新たな金融インフラを創出し、多くのイノベーションを生み出していきたいと考えています。そのためにも、今後も積極的に各国当局とのコミュニケーションを図ってまいります」

「社会のルールは変えられる」という信念

岡部氏の「突破力」の源泉はどこにあるのか。従業員25名という少数精鋭で厳しい日本の規制を突破してきた背景には、独特の成功体験と信念がある。

「デジタル円」の構想は、一橋大学在学中に遡る。「一橋大学在学中に、MMORPGの『ウルティマオンライン』をプレイしており、そこでのデジタル経済圏の発展に大きな可能性を感じました。その経験から、不特定多数の店舗で自由に使え、かつインフレにも強いデジタル円の必要性を強く意識するようになりました」と岡部氏は振り返る。

「私の『突破力』の源泉は、『社会のルールは変えられる』という成功体験と信念にあります」と岡部氏は語る。「これまでも、電話一本からさまざまな規制や制度を実際に変えてきました。当時はそれが当たり前だと思っていましたが、40歳を過ぎてから、それが実は珍しい能力であると気づきました。世の中の仕組みやルールに違和感を覚えたときは、まず『変えられないか』と考え、行動することを大切にしています」

この姿勢が、企業理念である「社会のジレンマを突破する」の実践につながっている。

JPYCは今、第一種資金移動業者の登録に向けて歩みを進めている。多くのユーザーや企業からの期待を背負いながら、できるだけ早期に登録を実現できるよう全力で取り組んでいる。日本の金融市場に新たな選択肢をもたらし、経済活性化の基盤を築く——JPYCの挑戦は、単なる一企業の成長物語ではない。それは、「社会のルールは変えられる」と信じる人々が、実際に未来を作り出していく物語だ。岡部氏とJPYCが乗り越えようとしている”金融のジレンマ”の先に、どのような未来が広がるのか。その答えは、これから明らかになっていく。

岡部典孝(おかべ・のりたか)プロフィール

JPYC株式会社 代表取締役

2001年、一橋大学在学中に1社目を創業。代表取締役や取締役CTOとして複数のプロジェクトをリード。2017年、リアルワールドゲームス株式会社を共同創業し、技術と財務の分野でリーダーシップを発揮。2019年、日本暗号資産市場株式会社(現・JPYC株式会社)を設立し、代表取締役に就任。2021年より日本円建プリペイド型トークン「JPYC Prepaid」の発行を開始。2023年7月より、BCCC「ステーブルコイン普及推進部会」部会長、iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人ブロックチェーン推進協会(BCCC)副代表理事、一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)理事を務める。

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