量子コンピューターは将来的にビットコイン(BTC)を破る可能性があるが、同じ物理法則が偽造不可能な通貨を生み出すかもしれない。2人の専門家は、デジタル通貨の最終形はブロックチェーンではなく「量子マネー」になる可能性があると論じている。
ステファノ・ゴジョーゾ氏とダニエラ・ヘルマン氏は、最新のBeInCryptoエキスパート評議会にてそう主張した。両者の議論は、暗号資産よりも古いアイデアと、物理学のたった一つの法則に基づく。
通貨は常に「信頼」の物語
別の分析記事では、量子コンピューターがビットコインを破る時期に焦点を当てた。本記事は逆の視点を問うものだ。同じ技術で、現在の通貨よりも優れたものを構築できるとしたらどうなるのか。
回答は、ゴジョーゾ氏の発言から始まる。「合意(コンセンサス)は“最後の仲介者”だ」と同氏は語る。
理由を理解するには、まず通貨がそもそも「信頼」を失った経緯をたどる必要がある。
現金には仲介者が不要だ。金貨自体が価値を証明し、買い手が銀行や台帳やネットワークを信用する必要はない。しかし現金は電子的にはやり取りできない。
デジタルマネーは距離の壁を克服したが、仲介者を呼び戻した。オンライン決済では必ず、同じ単位が二重に使われないことを仲介者が確認している。
ビットコインは、機関を数学と合意形成によって置き換えた。何千台ものコンピューターが共通の取引履歴に同意し、中央の第三者が不要となった。
しかし、「信頼」ではなく「物理法則」に依拠する発想は、ビットコイン以前から存在した。現代のインターネットよりも古い。
1960年代後半、コロンビア大学大学院生のスティーブン・ワイズナー氏は「共役符号化(Conjugate Coding)」と題した原稿を執筆した。学術誌は掲載を拒否し、この論文は1983年まで未発表となった。
ワイズナー氏は、銀行ではなく物理法則で偽造を防ぐ通貨を提案した。これは量子情報の初めての実用化案だった。
この業績は後に「BB84」プロトコル(1984年)誕生のきっかけとなり、量子暗号技術の出発点となった。すなわち、偽造不可能な通貨を実現する発想が一大分野を生んだ。
「秘密」ではなく「物理」が守るセキュリティ
従来の暗号技術は困難な数学的問題に基づく。解読がほぼ不可能なほど、解答に要する時間が膨大だからこそ安全性が担保される。量子暗号は本質的に異なる。
安全性は「ノークローン定理」と呼ばれる物理法則で保証される。物理学者ウィリアム・ウーターズ氏とヴォイチェフ・ズレク氏が1982年に証明したもので、未知の量子状態は完全にはコピーできない。
仕組みはきわめてシンプルだ。状態のコピーを試みると、状態が乱されてしまう。偽造は失敗し、不正操作は必ず露見する。
ゴジョーゾ氏は長年、この法則を実用的ツールへと応用してきた。ナポリでのBeInCryptoインタビューでは、「自らを防御する鍵」を披露した。量子鍵が盗聴されると転送中に破壊され、受け取った側はプロトコル破綻を認知できる。
同評議会のパネル討論で、同氏はこのアイデアを極限まで推し進めた。
「アプリケーションが稼働するハードウェア自体さえ信頼する必要がない仕組みを構築できる。極端な話、攻撃者からハードウェアを調達することさえ可能で、自己検証に通れば、セキュリティは保証される。最悪の場合でも単にアプリが動作を拒否するだけ。これは古典的には実現できない仕組みだ」
専門家はこれを「デバイス非依存型暗号」と呼ぶ。メーカーが悪意を持っていたとしてもセキュリティは保たれる。複雑なハードウェアこそバックドアの温床となるため、この性質は重要だ。
「偽造不可能な鍵」=通貨となる理由
セキュリティから通貨への飛躍は小さい。「不正」と「偽造」は本質的に同じ問題だ。
量子状態をコピーできなければ、それを偽造することはできない。偽造できないものは通貨として機能しうる。
ゴジョーゾ氏は、この点を明確に述べた。
「不正が不可能とは、コピーや偽造ができないという表現と同じだ。そのテクノロジーから量子マネーや量子金融商品が生まれる。仲介者やネットワーク、相手方への信頼を今よりはるかに減らした新しいデジタル金融の形が開かれる」
同氏のチームはすでに最小単位のプロトタイプを開発した。ナポリでは「一度しか使えない鍵」を実演した。決済の都度、鍵を破壊することで、過去の取引を再利用した不正送金を防ぐ。
1回限りの鍵は、偽造不可な微小な価値単位といえる。この原理を拡張したものが、研究者が「量子マネー」と呼ぶ技術だ。
この理論は目新しいものではない。2012年、スコット・アーロンソン氏とポール・クリスティアーノ氏は、初の「公開鍵型量子マネー」方式を提示した。銀行だけでなく、誰でも紙幣の真偽確認ができるというものだ。両氏の論文は、物理法則によって偽造不可能な通貨というワイズナー氏の理念をほぼそのまま引き継いでいる。
量子マネーと「最後の仲介者」
今、各技術が交わる。ビットコインは銀行を取り除いたが、信頼そのものを消し去ったわけではない。信頼はネットワークと分散台帳へと移った。決済の正当性を誰かが必ず合意している構造。
ゴジョーゾ氏は、この合意形成こそが「最後の仲介者」とみなす。Web3やゼロ知識証明は、デジタルマネーが犠牲にした信頼を一定程度回復したが、結局は合意が偽造防止の最後の砦を担っていると同氏は述べている。
その役割にはコストが伴う。コンセンサスには、協調、エネルギー、そして大勢の参加者による広範な合意が必要。しかし、物理的な保証にはそれらは不要。
同氏によると、量子マネーは仲介者を完全に排除する。
「量子マネーはその物語の次、そして最終形だ。距離を隔てたデジタルでの取引を、仲介者やグローバル台帳、イーサリアム(ETH)ブロックにどの取引を入れるかを決定する誰かを信頼することなく実現できる。物理法則が偽造不可能性を直接もたらす。そうした意味で、コンセンサスが真の最後の“中間業者”だった。」
主張は大きいので、明確に述べておく価値がある。この主張が成立するなら、量子マネーはビットコインに対する存在が、ビットコインが銀行にとってそうだったようなものとなる。
注目すべき対称性がある。ビットコインの署名を脅かす物理法則が、コンセンサスそのものを不要にする鍵にもなり得る。
賢い攻撃者の時代に唯一残る防御策
時機が重要なもう1つの理由がある。人工知能は、従来突破困難だったものを破る能力を高めている。
現在の多くのセキュリティは「攻撃者が十分賢くない」こと、または「特定の課題が時間内に解決できないほど難しい」ことを前提としている。ゴジョーゾ氏は、この前提は、優秀なAIが普及する時代においては脆弱だと指摘する。
物理学は異なる種類の約束をもたらす。
「量子が真にもたらすものは、宇宙の法則に基づくセキュリティだ。AIがどれほど賢くとも関係ない。突破できない。最悪、成立自体を阻止することはあっても、偽造は不可能だ。」
この手法の根源的な魅力はそこにある。量子的な保証は、攻撃者の限界ではなく、現実世界の構造そのものに依拠して成立する。知性の程度によらず、そのルールを書き換えることはできない。
量子マネー:実現はまだだが手の届く範囲に
両ゲストとも、過度に期待をあおることは避けた。商用量子ツールを手掛けるヘルマン氏は、その境界を明確に線引きした。
「量子マネーは、すべてが実現した暁のビジョンだ。現時点では、量子マネーそのものはまだ利用できない。しかし、チップが進化すれば、これらは真剣な責任のもとで扱うべきものになる。」
最大の障害は量子メモリーだ。壊れやすい量子状態を保持するのは難しく、現状で最も優秀なシステムでも数秒間しか維持できない。ゴジョーゾ氏も、この制約のため本格的な量子マネー実現はまだ困難だとしつつ、同一のハードウェアは既に短命な用途には対応できると語る。
それでも、方向性は定まっている。実験室では、量子トークンや関連スキームの検証が始まり、構想は机上から現実へ移りつつある。
ゴジョーゾ氏もパネルの最後でこう語った。
「5年、6年、7年以内に、現時点では絶対に不可能なことを量子リソースで実現できる世界が到来する可能性がある。単に難しい、遅いではなく、本当に不可能なことだ。そして、これは今から開発に着手できるソフトウェアでもある。未来はまさに手の届くところにある。」
ヴァイスナー氏が、物理法則自体が金銭を守るアイデアを描いてから半世紀以上を経て、構想はようやくホワイトボードを離れつつある。ゴジョーゾ氏とヘルマン氏が正しければ、「最後の中間業者」は今後10年を生き抜けないかもしれない。









